父は立派な世帯主だった。しかし親ではなかった。

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過保護放任の続きです。

過保護放任というのは子供の将来にとって悲惨です。生き方を教えてくれないからです。

私の父はまさに過保護放任そのもので、お金は出してくれましたが生き方やお金の大切さは教えてくれませんでした。

お金を出せるということは父は立派な社会人であり頼もしい世帯主です。しかし自分が立派な社会人であり世帯主であっても、それが立派な父親だという証にはなりません。

父はコツコツ仕事をこなしてしていましたが、趣味もなく好きなものを食べて、テレビを見て寝るという毎日でした。

進路の話は聞き流すだけで一度も一人で生きていくためのヒントをくれませんでした。お金を出してさえいれば父親の役割は果たしているという甘さや驕りがあったのだと思います。

好意的に解釈すれば子供を信頼しているように見えますが、面倒だから子供の希望通りにしておけという見方もできます。

私のようなデキの悪い子供の場合、親が何度も選択肢や判断材料を示す必要があります。信頼という放任は子供の将来を潰しかねません。

子は親の背中を見て育つと言いますが、子供が見える場所にその背中がないと育ちません。

子供が望むならお金を出す。しかしそれは子供を生き永らえさせているだけです。子育ては子供を生き永らえさせるのではなく、一人で生きていくことができるように世の中の仕組みや見方を教えることです。

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